しかばね先生の日常ブログ

しかばね先生(死かばね先生)の日常マンガブログ 連絡先→ shikabanec@gmail.com

クラスに必ずいた汚い子供は漫画を描いている。

長い文章があるので興味がない方は目ぇ半開きで読んでください。
(読まなくてもいいけど)
 

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自分が小学生の時、クラスに必ず1人はいた汚い子だったと漫画に描くのはなかなか今でも勇気がいるもんですね。
 
お風呂は夏も冬も4日に1度くらいのペース。
 
きっとガス代の節約の為だったんだろうが、同級生に「クサイ」と言われたのはかなりショックだった。
 
「お風呂は毎日入るもの」
 
他の家庭のお風呂事情を知った時にはビックリして「そんなに毎日お風呂に入ったら手がしわしわになりすぎて指紋が消えてしまうのではないだろうか?みんな大丈夫なのだろうか?」という明後日な心配をした事を覚えています。
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低学年の頃は父や母がいないのも、お風呂に毎日入らないのも、同じ服を着続けるのも、他の家庭を知らない私にとってはそれが「普通」で「お前は変だ」と言われてもどこが変なのかイマイチ理解してなかった気がします。
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しかし小学3年生くらいになると、みんな口が達者になってくる。
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「〇〇だから変だ、おかしい、汚い」と具体的な言葉の暴力が向けられた。
 
 
よく漫画やアニメなどで傷ついた時に「胸が痛い」という表現がある。
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本当に心臓の辺りに何か落雷が落ちたような痛みが走ったのを知ったのは小学3年生の頃だったと思う。
 
 
 
大人になった今ではその痛みの正体は心拍数が急激に上がったからだろうとロジカルな考え方ができるが、その痛みを初めて体験した時は
 
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本気でそう思った。
 
 
 
そして私の家が「変だ」と言われる1番の原因はネット上では一切書いてない。
正確に言えばネットでは描けない。
(ハイエナズマガジンvol.2でその事について少しだけ触れていますが。)
 
それはここでは書けないので説明しようがないが、一般家庭とは明らかに異なる異質な家庭環境だった。
 
「自分の家庭はおかしい、変だ。」
 
それをちゃんと自覚したのも小学3年生くらいだったと思う。
 
自分の力ではどうにも解決する事が出来ない問題というものは小学生の私にはあまりに負担がデカかったので夜はだいたい毎日泣いていた。
 
子供の泣き方というものは大声を出して「うわ〜ん」と思いっきり泣く。
 
祖母に気付かれないように声を殺しての泣き方を覚えたのも丁度この頃だった。
 
もし子供さんがいる方は注意深く寝る前などに子供さんの事を観察して欲しい。
何かしらの変化に気付いたら「どうしたの?なんで泣いてるの?何かあったの?」なんて理由を詮索するような声は掛けずにギュッと抱きしめてあげて欲しい。
 
理由を尋ねられると益々強がり「なんでもない!」とイジでも言わなくなってしまう。
 
ただただ誰かに頭を撫でて欲しい。
誰かに思いっきり抱きしめて欲しい。
 
そんな気持ちだった。
 
 
実は今でもこの自分を励ます妄想をしたりします。
 
もう大人になっているので、更に大人の自分を妄想し励ますなんて事はしていませんが…。
 
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(今の自分より大人っつたら立派な老人だ、なんだこの地獄絵図)
 
 
 
今はもっぱら逆で、子供時代の自分に喝を入れてもらっている。
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大人になるといろいろな事が鈍感になってくる。
悪く言えば利己的で、自分さえ良ければそれでいい、なんて汚い考え方も備わる。
 
子供の頃のあの真っ直ぐな正義感はどこへ行ってしまったのだろうか。
 
子供の頃の自分が今の自分を見たらなんて言うかな。
 
なんて事を妄想し、今を生きています。
 
あの時は今の自分よりも何倍も強かった気がする。
不登校児にもならず「くそったれ!」と歯をくいしばり毎日学校へ行っていた。
 
しかしその精神は意外な所でしっかりと今も受け継いでいる。
 
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人にどんな批判を受けようと、表現する事をやめない図太さ。
 
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まさかネットで漫画を描く上で役に立つとは思ってもいなかった。
 
 
 
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あの頃、絵が好きで1人でずっと漫画を描いていた。
友達がいなくても白い紙に自由に自分の好きな物語が描ける事が嬉しくてたまらなかった。
空想の世界は無限大だった。
 
図書室にあった火の鳥を読みふけっては火の鳥の続きを勝手に描いた。
(たしか火の鳥の威力を消してしまう魔法使いが現れる「魔法使い編」というファンタジックな内容だった。)
 
私の時代はもう手塚治虫の絵柄は古臭いと言われ(小学生は大体絵柄から入る。)誰も火の鳥を読む子供はいなかった。
 
漫画を買ってもらえなかった私は火の鳥が初めて読んだ漫画で、今でも大好きな漫画だ。
 
人間の愚かさ、生きる事、死ぬ事、人を愛するという事を火の鳥から学んだ気がする。
 
火の鳥は全てにおいて「生」と「死」が題材になっている。
 
火の鳥の影響力は今も尚、私の中で深く根付いており、余談ではありますが「死かばね先生」という名前、綺麗事だけでは済まされない「生」と「死」をテーマに漫画を描きたいと思って付けた名前です。
 
大人になり私は相変わらず漫画を描いている。
 
そして私は相変わらず絵がヘタクソだ。
 
しかし「描きたい、伝えたい」そんな気持ちさえあればどんな批判を受けても必ず誰かに伝わる。
 
私はそう思っています。(真面目か)
 
沢山のリプライやDM、ありがとうございました、全て読んでいます、本当にありがとうございます。
 
返信できなくてすみません。
フォローお返しできないままですみません。
 
これからもヘタクソながらも漫画を描きたいです。(真面目か)
 
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